こくごな生活

国語や法律のソフトな考察を中心とした日常雑記録

【AmazonのAudibleで「吾輩は猫である」を視聴】 国語講師の目線から本を「聴く」効用を考える

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こんにちは。

 

今回は、AmazonのAudibleで本を「聴く」ことについて書きます。

国語のブログをやっているものですから、読書の効用をくどくど解説することがあるのですが、そんな僕でも本の朗読を聞くという経験はあまりしたことがありません。

 

「本は聴いても良いものなのか?」

(データではない)本を読むことしか知らない石頭の僕にとって、音声版の本というのはちょっと「うさんくさい」気もしてますが、喰わず嫌いもいけません。

 

そう思っていた折、AmazonのAudibleで、本を一冊無料で視聴できるキャンペーンをやっていることを知りました。せっかくのチャンスですから、ちょっと試してみましたよ。

 

以下では、このキャンペーンを体験したときの模様と聴く読書についての国語的な考察を記していきたいと思います。

 

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1 無料体験版をダウンロード

 まずAudibleのサイトよりアプリをダウンロードします。

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僕は3Gの格安スマホを使っているのですが、完了までに10分くらいかかったかな。

けっこう容量を喰うアプリなので、他にゲームなどのアプリを使っている場合、僕みたいに低スペックのスマホだと厳しいかもしれません。

 

サイトまでいくのが面倒な場合、以下のバーナーからも登録できますよ。

 

体験版の期間1か月が過ぎると、月1,500円の有料会員になります

有料会員になると本一冊分と交換できるコインが一枚手に入るので、実質的に本の新版を一冊定期購読するような形になるようです。

また会員になると、本を30%オフで手に入るので、継続的に本の朗読を楽しみたい人には、まあまあリーズナブルといえるかもしれません。

 

これに対して、無料版を試してみて「やっぱりお金を払いたくない」と思ったら、1か月以内に解約しましょう。これを忘れると有料会員になるので要注意です。

 

ちなみに僕は、あくまで興味本位の登録だったので、一冊分データをダウンロードしたらさっさと解約しちゃいました。解約しても手に入れた作品のデータは残ります。つまり体験版を使えば一冊分タダで手に入るということですね。

 

2 初めて体験したAudible作品は「吾輩は猫である

そんなわけでタダで手に入れた最初の一冊は、こちらの吾輩は猫である

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せっかくなんだからもっと旬な作品にしようと思ったんですが、定番の古典文学を選びました。

 

この作品にした理由は

  • 読んだことのある作品なので読書との違いを比較しやすい
  • 懐かしいので久々に内容を復習したい
  • やっぱり文学作品の中で一番好き

ということです。

 

僕は朗読を聴くことに慣れていないので、はじめは取っつき易いものから試した方がいいと思ったわけ。

 

3 視聴してみた雑感

再生時間が19時間以上もあるので、ずっと聴き続けるのはしんどいです。

電車の中などでこまめに楽しむようにしました。

 

実際聞いてみると、BGMとともに声優さんの表現力豊かな朗読が流れ、結構雰囲気があります。

 

「この感じ、何かに似てるな」と思ったら、NHKラジオの「朗読」ですね。

ただラジオと違って、Audibleなら自分のペースで聴くことができるし、話題の新刊の朗読も楽しめるので、そこはアプリならではの付加価値といったところでしょう。

 

文字の形になっていないので、内容が頭に入ってくるか不安だったんですが、朗読が上手なおかげか、割と楽しめます。

一部のサイトでいうように「本をめくる手間がないので内容に集中できて、頭にすらすら入ってくる」というのは流石に言い過ぎな気がしますが、難解な内容でない限り、ストーリーを把握することは難なくできます。

 

ただ、内容を視覚的に確認できないので、体系的な内容把握には向きません。

僕は「吾輩は猫である」の構成を知っているので、そこまで混乱はしませんでしたが、慣れない人がこのような長編を音声だけで聴こうとすると、「あれ?今どの場面だっけ??」と分からなくなってしまうケースがあるかもしれません。

 

その意味でAudibleは、体系書や長編で学習するためではなく、軽めの本で情報収集やストーリー鑑賞をするために利用するほうがいいと思います。

 

4 「聴く」読書の効用

ではこのように本の作品を「聴く」ことは国語的にどのような意味があるのでしょう。

少々国語講師目線から考えてみましょう。

 

・視覚的な威圧感がなくストーリーを楽しめる

例えば、せっかく子供に読書を勧めたとしても、文字がびっしり並んでいるのをみてそれだけで嫌悪感を抱いてしまうことが考えられます。

 

特に夏目漱石などの文学作品は漢字表現が多く、見ただけで威圧感があります。

国語講師としてはそんなところも含めて作品を好きになってほしいのですが、見た目だけで作品に触れないというのはもったいない話ですね。

その点、朗読を聞く形をとれば、そのような文字による悪感情を感じずに内容を楽しむことができるので、名作に触れるチャンスが増えます。

 

なおAudibleでは朗読の声優に松坂桃李などの俳優も起用しています。

ひょっとすると「俳優の声が目当てで本の世界への接点ができた」ということも起こり得るかもしれませんね。

 

・名著を聞くことにより国語的なセンス(日本語のリズム感)が磨かれる

僕が今回の試聴を通して感じた一番の国語的なメリットは、これかもしれません。

今回の「吾輩は猫である」といった国語界で名作とされている本を聴くと、改めてその日本語のリズム感の良さに感銘を受けます。

 

読書では内容を目で追うだけなので、この文章のリズム感に気づきにくいんです。

文章のリズムなんて作家が考える高尚なものかと思われるかもしれませんが、そうでもありません。一般人でも文章を作成するときに、句読点のタイミングやことばの言い換えを考える際、このリズム感を駆使しているのです。

 

下手な文章は、だらだら一文が長くなったり同じ言葉を何度も使ったりするので、読んだときに「テンポが悪いな」と思うものです。

文章を書く側は、そうならないように自分の文章を推敲するのですが、その際に上記のリズム感がないと自分の文章のテンポの悪さに気づかず、どう直したらいいかわからなくなることがあります。

 

このような状況を防止するために、名作から日本語の美しいリズム感を習得することは非常に意味のあることです。

 

ちなみにあの斎藤孝先生も、名作の朗読や読み聞かせを提唱していますね。

代表著書である「声に出して読みたい日本」は当時、結構話題になりました。 

声に出して読みたい日本語

声に出して読みたい日本語

  • 作者:斎藤 孝
  • 発売日: 2001/09/12
  • メディア: 単行本
 

 この著書を読んだ当初、「わざわざ本の音読を勧めるなんて、あまりに専門家然としてないか?」と訝しく思ったものですが、今では斎藤先生の主張がわかる気がします。

 

つまり、「国語のセンスは、名著を口や耳を使って味わうことではじめて得られるものがある」ということですね。今回の文章のリズム感も音声を通じて初めて養われるセンスです。

 

ちなみにこのセンスは、語彙力とも無関係ではありません。

例えば「自分の文章を読んでみたらどうもリズム感がないな。同じ言葉を繰り返さないように何とか言い換えができないかな。」と考えたとき、言い換えのために他の表現が欲しくなります。これが語彙力強化のためのモチベーションになるわけ。

 

ちょっと話を大きくしすぎましたが、音声による本により以上のような国語センスの養成が期待できるのは間違いありません。

 

・読解力養成はやはり音声では厳しい

もちろん音声にも弱点があります。

文章を視覚的に捉えることができないので、内容を構造的に把握する訓練ができません。したがって、例えばAudibleをつかって読解力を鍛えようという発想は持たない方がいいでしょう。

 

このブログでも再三主張していますが、抽象的な国語力を鍛えても効果はありません。

bigwestern.hatenablog.com

音声の本で鍛えられる力を具体的に理解したうえで、読む本との使い分けをしていくことが大事ですね。

 

5 さいごに

以上、AmazonのAudibleを視聴したときの模様と、本を聞くことに関する国語講師視点の考察でした。

 

普段、本を「読む」という発想しかない僕みたいな人間には、視覚以外で作品を楽しむという感覚を久々に味わえて新鮮でしたし、斉藤先生の主張もより理解できた気がします。

 

無料で本を聴くきっかけを提供してくれたAudibleには感謝です。

「感謝するなら解約するな」というツッコミが飛んできそうですが・・。

 

それでは、また。

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