こくごな生活

国語や法律のソフトな考察を中心とした日常雑記録

「全然大丈夫」という表現を減点しなくてはならない作文添削者の戸惑い

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こんにちは。

 

僕は元予備校講師なので、その経験を生かして現在でも全国の中学生を対象とする作文採点をする機会が多いです。

 

添削対象は大抵高校入試の模擬試験なんですが、試験によっては「言葉の使い方」を厳しくチェックするものも少なくありません。

 

そういう厳格な試験では、例えば「全然大丈夫」というように、全然を肯定表現で用いる表記を容赦なく減点することになります。

おそらく「子供のうちから正当な言語感覚を養う」ことを目的として、このような採点基準を設定したのでしょう。

 

とはいえ、僕はこのような厳しい採点基準に少々違和感を感じています。

今回はその感覚を皆さんと共有すべく記事を書きたいと思います。

 

 

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1 「全然+肯定表現」は間違いではない

「『全然』は否定形とともに使うもので、肯定表現では使わない」というふうに思っている人は割と多いと思います。

実際、レポートやビジネス文章といった公式の表現で、全然を肯定表現とともに使うことはタブーとされていることが多い。

 

しかし国語界では、このような常識は迷信とされています。

style.nikkei.com

詳しいことはリンク先に譲りますが、全然+肯定表現は、「羅生門」や「坊ちゃん」などの代表的文学作品でも使用されていますし、国語辞典にも正式に表記されている用法例です。

 

一応、2020年版のデジタル大辞泉における「全然」の副詞としての意味を以下に挙げておきますが、肯定表現は、2番目の用法として(俗字としてでななく)掲載されていますね。

1 (あとに打ち消しの語や否定的な表現を伴って)まるで。少しも。

  「全然食欲がない」等

2 残りなく。すっかり。

  「結婚の問題は全然僕に任せる」(志賀直哉・暗夜行路)

3 (俗な言い方)非常に。とても。

  「全然愉快だ」 

 3番目の意味は最近のもので、国語の表現としては未だ世俗的な表現にとどまっていますが、少なくとも「全然」+肯定表現自体がダメという理由はどこにもないです。

 

2 採点基準を作った人に問い合わせると・・

「果たしてこの表現を『矯正』することが国語教育にとって正当なことなのか?」

 

まあ、そこまで深刻に思わないまでも、ちょっと気になったので、この「厳しい」採点基準を設定したところに、減点の趣旨について問い合わせてみました。

 

回答は概ね以下の通り。

  • 世間一般にこの表現は未だ世俗的なものとしての認識が強く、入試などの公式な表現として認めるべきではない。したがって不適切な表記として減点対象にしている。
  • 日本語検定等の各種試験でも同様の取り扱いなので、教育上の観点からも『全然+肯定表現』を認めるべきではない。

ウィキペディアにもそっくりな表現があるので、「受け売りじゃないか?」と勘繰りたくなりましたが、大体予想していた回答でした。

 

しかし先も見たように、全然+肯定表現は、文学作品にもみられるように古い時代には普通に使われていたので、特に俗な表現ではないはず。

その後も文献などを漁ってみましたが、この表現を公式の場で使うべきではないという決定的な根拠はついにわからずじまいでした。せいぜい「世間がそう思っているから」という程度のもの。

 

人様の答案を減点するのだから、確たる論拠が欲しいところですが、今回に関してはどうもモヤモヤが残ります。

とはいえ、保守的な国語教育業界で世間の風潮に「モノ申す」ようなことをやってもメリットは少ない。そんなことを考えて自分を納得させつつ、結局「全然大丈夫」という表現を減点することにしました。

 

3 誤用と思われる表現との向き合い方

今回は請け負った問題の採点方針に従わざるを得ませんでしたが、僕自身の理想論を語らせてもらうと、少なくとも中学生の作文くらいは「全然」の肯定表現(前述の辞書でいう2の意味)を減点しない方向がいいと思います。

 

もちろん最近の言葉遣いに阿(おもね)るつもりはありません。間違った表現をうやむやに認めてしまうのは国語を教える立場からすると反対です。

 

しかし言葉と向き合う際には、「なぜそれが間違いなのか」を自分で理解することが肝要です。誤用とされている理由を頭に入れておけば、今後そのことばの使い方に気をつけることができます。

 

たとえば、今回の「全然」の肯定表現も、「国語としては間違いではないけれど公式の場では嫌われている」という状況を押さえておけば、TPOに合わせて使い分けることができます。更に、「全然」+肯定表現をする人を徒に謗ることもしなくなるでしょう

 

子供のうちに「全然」+肯定表現に✖をくらう経験をしてしまうと、「この表現は不正解なんだ」という印象を植え付けてしまい、上記のような柔軟な言葉の使い分けができなくなってしまいかねません。

 

そのような硬直的な理解をしないためにも、厳しすぎる添削というのもかえってよくないのかな・・と考えてしまうのでありました。

 

4 さいごに

以上、「全然」+肯定表現を例に挙げて、誤用(と思われている)表現の向き合い方について述べてきました。

 

古典単語の覚え方でも触れたように、言葉の意味は移り変わっていくものです。

bigwestern.hatenablog.com

 このような意味の変遷に対して、「言葉は変化するものだから・・」という理由で、本来の意味を無視するのはよくありません。

 

それと同時に、「本来の意味でないからケシカラン」といって問答無用で不正解にしてしまうのも、国語教育にとってよくないと思うのです。

前述のように、このような◯✖思考では、言葉の移り変わりについて自分で考えて状況に応じて使い分けるという機会を奪ってしまうからです。

 

本当は添削を通じてそんなことを伝えられるのが理想なんですが・・デジタル採点で何百通もこなす仕事では難しいですね。悩ましいところ。

 

そんな作文採点者の愚痴とともに、今回の記事はおしまいにします。

 

それでは、また。

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