こくごな生活

国語や法律のソフトな考察を中心とした日常雑記録

神経胃弱症の視点から選ぶ夏目漱石のお勧め作品5つ

こんにちは。

 

前にも触れたことがあると思いますが、僕は胃弱です。

bigwestern.hatenablog.com

 

そんな僕は、同じく神経胃弱症の大文豪である夏目漱石の作品を愛読していました。

僕が夏目漱石のファンになったのは比較的遅く、大学生のとき。当時、夏目漱石の出身学校である金華小学校(現:お茶の水小学校)のすぐそばで、代表作を読み漁っていたのを覚えています。

 

夏目漱石の作品は、かなり神経質なものもある一方、ユーモラスで骨太なものもあります。そのバランス感覚が古くから日本人に愛されている所以なのでしょう。

 

そんな彼の作品を僕のような胃弱の人間が見ると

・神経性の胃弱の気持ちがよく書かれている作品

・そんな胃弱を跳ね除けるような気になる作品

にざっくり分けることができます。

 

今回は、そんなフィルターを通して、僕なりの「夏目漱石お勧め作品」を書いてみたいと思います。

 

 

1 吾輩は猫である

 明治時代の大ベストセラー。

夏目漱石といえば、この作品を挙げないわけにはいきません。漱石は猫とワンセットのイメージが定着していますが、その一因となった代表作といっていいでしょう。

 

主人公の苦沙弥先生は胃弱なんですね。

普段は尊大にふるまっている割に、密かに胃弱を直すため数々の医者に診てもらって、そばを喰ってみたり、牛乳を飲んでみたり、はたまたタカジアスターゼを試してみたり・・と試行錯誤しているところが微笑ましい。

 

胃弱の僕が思うに、苦沙弥先生の胃弱は神経性のものだと思われます。

自律神経の乱れにより胃腸の働きが悪いのだから、消化のいいものを食べても根本が直るわけではありません。しかもこの先生は、ジャムやら羊羹やら甘いものをしょっちゅう食べている模様。甘いものは胃壁を刺激して胃腸に負担をかけますから、仮に胃腸にいい食べ物を食べても台無しになってしまうんですね。

僕も甘いものが好きなので先生の気持ちは分かるんですが、これでは胃弱が直らないのも仕方がない。

 

神経性胃弱の人は、少食とは限りません(僕は少食ですが)。

気分がすぐれているときは胃腸が活発に動きますから、普通に食事ができます。この苦沙弥先生は食べること自体は結構好きなようですので、食べられるとなるといつもの反動で余計に食べてしまうんでしょうね。

「胃弱のくせに大飯を食う」

と猫に言われてしまってますが、おそらくそんなところが原因なのではないでしょうか。

 

この「吾輩は猫である」は、主人公が胃弱のくせにユーモラスに描かれているのがいいです。

胃腸が悪いとどうしても気分が暗くなりがちなんですが、この本を読んでいると

「あ、胃弱もネタになるんだな」

と、ちょっと気持ちが明るくなってきます。

胃弱の僕は学生時代、そんなところでこの作品に救われたんですね。

 

ただ、「吾輩は猫である」は、まとまったストーリーがあるわけではなく、物語を楽しむ作品として読むと面食らうかもしれません。

むしろ苦沙弥先生とその周辺の文化人の日常を描写して、当時の世情を風刺的に論評するのがこの作品の主眼です。そのため難しい表現を使った記述も少なくなく、文学作品を読み慣れていない人が読むと、ちょっとしんどく感じるかもしれません。

 

逆に言うと、そのような漱石の社会風刺を面白く読める人ならば、とてもいい作品だと思います。まだ読んでいない方は、是非一読して胃弱先生と猫の織り成すユーモラスでシニカルな世界を楽しんでください。

 

2 坊っちゃん

坊っちゃん (新潮文庫)

坊っちゃん (新潮文庫)

 

 これも夏目漱石の代表作。

僕なんぞが紹介するまでもない有名な作品ですね。

 

この作品も主人公は学校の先生ですが、胃弱ではありません(少なくともそれをアピールする記述はない)。むしろ主人公は狡猾な赤シャツや野だいこをこらしめるなど、割と一本気で骨太な性格。神経質な胃弱のイメージとは真逆ですらあります。

 

僕が夏目漱石の好きなところは、胃を患うほど神経質でありながら、このような勧善懲悪的で骨太な物語も愛するバランス感覚を持ち合わせていること。

僕も思考の袋小路に入りそうなときは、こういうさっぱりした物語を読むことにしています。

 

夏目漱石の中でも素直な話の運び方をする作品なので読みやすいです。漱石入門者にもお勧めですね。

 

ただ、この作品だけだと狡猾な俗物インテリを叩く痛快劇という印象しか残らない恐れがあります。しかし漱石自身が相当なインテリであることを忘れてはいけません。

彼は自分の神経質なインテリ根性を自戒し、精神的に真っすぐな心棒を自らに与えるため、意図的にこのような勧善懲悪的な物語を書いたのではないか、とも受け取れるのです。

 

このように、夏目漱石の他の作品に触れて彼の性格を知った後で、再びこの「坊っちゃん」を読んでみると、また違った印象になるかもしれません。

 

3 行人

行人 (新潮文庫)

行人 (新潮文庫)

 

 坊ちゃんとはうって変わって、「神経質度合い」がバクハツの作品です。

これを読むと神経性胃炎が悪化すること請け合い(あ、評価してるんですよ?)。

 

とにかく出てくる人物とその描写が重苦しいです。

死に向かって衰弱していく入院中の女性、主人公と兄と嫂との三角関係、家族間のゴタゴタと兄の神経衰弱・・。特に後半の中心人物である主人公の兄に関する記述は、この作品の一番のヤマ場です。

 

主人公の兄はとても優秀な教員なのですが、理想が高すぎるせいか神経質を絵にかいたような男です。何も信じられなくなった彼が、心を閉ざし、神経をすり減らしていく描写はこの作品のハイライト。

特に兄が友人と旅行に出かけた際に、いきなりその友人の顔を叩いたシーンなどは、凡人からみたら「この男、気がふれている」とも思えるでしょう。

 

しかし人生で一度くらい、そんな「変人」の胸のうちを疑似体験してみるのも一つの教養になるのではないでしょうか。

神経性胃炎の僕は、主人公の兄みたいに面倒くさい人間になりたくないと思いつつも、ナイーブに思い惑う彼の心の動きにどこか共感する部分があります。だから胃の上部がチクチク痛みつつも、この本に熱中してしまうのかもしれません(笑)。

 

そんなわけで胃にはよくない本ですが、神経質な人間の心の動きを捉えているという意味でとても魅力的なので、ここで紹介させていただきました。

 

4 坑夫

坑夫 (新潮文庫)

坑夫 (新潮文庫)

 

 行人で神経性胃弱が悪化してしまったときには、この本を読むと気分転換になります。

 

家出した主人公の青年が、ポン引きの男に勧誘されて鉱山で働くことになる話です。

実際に鉱山の仕事を経験した男の話をもとにしたせいか、他の漱石の作品にはない雰囲気が味わえます。

 

東京で暮らしていた青年が、鉱山で先輩にいじめられ、ダニや虱が湧く寝床で生活する・・。ナイーブな青年に平手打ちを食らわせるような泥臭くて野太い展開が新鮮に感じます。

 

僕も高等教育を受けつつも、一度失業して日雇い派遣で生活していたことがありますので、この本を読むと柔弱な自分が劣悪な環境で働いていた当時を思い出して、身につまされるような気持ちになります。

あのときの僕は、主人公と同じく「落ちるところまで落ちてやろう」なんて自棄になっていたけど、いわゆる底辺の生活は半年も持ちませんでした。

結局、ひ弱なバカボンだったんだな。

 

そんなわけで「坑夫」は、神経性胃弱の自分に、いい意味でムチをうってくれるような佳作ですよ。

 

 5 思い出すことなど

思い出す事など 他七篇 (岩波文庫)

思い出す事など 他七篇 (岩波文庫)

 

 

 

坑夫と同じくちょっとマイナーですが、この「思い出すことなど」も胃弱の僕にとっては印象的な作品です。

 

晩年の作品で漢詩を交えたやや文語調の表現が多いので、若干堅いイメージがありますが、それでも漱石胃潰瘍で危篤になったときのシーンはダイナミック。

彼が病床で色とりどりの血を吐きだして苦しむなど、かなりエグいシーンもありますが、漱石自身が淡々と書いているせいか、そこまでおどろおどろしい気持ちにはなりません。昏睡状態になったとき、周りは大騒ぎしているのに、本人は冷静に周りを分析しているかのような記述をしているのがどこか可笑しい。

 

病床にいる夏目漱石が食事をする記述が度々あるのですが、胃を患うことの多い僕にとってはこれがかなり印象的。

危篤状態になる直前、大好きなアイスクリームをひと匙口に入れたときでさえ、体調が思わしくないせいか、こんな表現をしています。

いつものさわやかさに引き更えて、咽喉のどを越すときいったんけたものが、胃の中で再び固まったように妙に落ちつきが悪かった。

潰瘍を抑えるために、生ぬるい牛乳を飲まされて気分が悪くなった漱石が、口直しに貰ったアイスクリームを食べたときでさえ「おいしい」と思わなかったんですね。

 

反面、危篤状態から回復したあと、葛湯ばかり飲まされてのどが渇いて仕方がなかった漱石が、念願の平野水(サイダー)を口にしたシーンがあるのですが、この記述を読むと、こちらまで嬉しくなってきます。

その代り日に数回平野水ひらのすいを一口ずつ飲まして貰う事にした。平野水がくんくんと音を立てるような勢で、食道から胃へ落ちて行く時の心持は痛快であった。けれども咽喉を通り越すや否やすぐとまた飲みたくなった。余は夜半よなかにしばしば看護婦から平野水を洋盃コップいで貰って、それをありがたそうに飲んだ当時をよく記憶している。

 某飲料メーカーがこの記述を切り取って、「夏目漱石もサイダーが好物でした」とアピールするのを見かけたことがありますが、そんな次元で感動しているのではないことが分かります。死病から立ち直って初めて口にする好物なんですから。

 

そんなわけで、この「思い出すことなど」は、胃病の苦しみと食べ物を摂ることのできる喜びみたいなものがリアルに感じ取れるという意味で、僕にとっては忘れがたい作品なんです。

 

6 さいごに

以上、「胃弱視点」で夏目漱石の作品を5つほどみてきました。

もちろん彼の作品には、これ以外にも「こころ」とか「三四郎」のような代表作が沢山ありますが、胃弱目線だと印象に残るものも世間と違ってくるのかもしれません。

 

僕自身、この記事を書いていると、また彼の作品を読みかえしてみたくなりましたね。

それでは、また。