こくごな生活

国語や法律のソフトな考察を中心とした日常雑記録

「田園」しか知らない玉置浩二初心者には 「しあわせのランプ」をお勧めしたい

こんにちは。

 

今回は僕の好きなアーティスト玉置浩二(以下、敬称略)の作品の中で、特に好きな曲について紹介します。

玉置浩二といえば、山下達郎に「日本で最も過小評価されているアーティスト」と言わしめた男。今回の曲は、その玉置の作品の中で、僕が「最も過小評価されている」と考えるものです。

このままでは玉置ファンとして遺憾の極みなので、この記事で素晴らしさを知らしめてやろうと思います。

 

 さて、その作品とはこれです。

しあわせのランプ

しあわせのランプ

 

 しあわせのランプ

 

1997年にリリースされたアルバム「JANK LAND」のエンディングを飾る曲です。

玉置本人も最も気に入っている作品のようで、2004年にソロ活動を再開したときには、この曲をシングルカットして全国ツアーをしたくらいです。

今でもライブや歌番組などでよく歌われていますよ。

 

僕がこれをはじめて聴いたのは、高校生くらいのころですかね。

初聴時から大号泣。その後の数時間もしばらく意識を持っていかれました。

それまでも安全地帯・玉置浩二の作品を数多く聴いてきましたが、こんな感情は初めてです。おそらくそれだけこの作品の中に、自分が無意識のうちに欲していた言葉やメロディーが詰まっていたんだと思います。

 

この曲の冒頭は、まるで親が語り掛けるような言葉から始まります。

「しあわせになるために生まれてきたんだから 好きな人と一緒にいなさい」

 これは、玉置本人が母親から実際に言われていたことばだったようです。

こんな単純なことなのに、実際に言われることってないですよね。好きなことをやって好きな人と生きていく。現実社会ではこれを求めることがエゴと受け取られることすらあります。周りと調和していくのが当たり前になっていくうちに、次第に自分が好きだったものすらよくわからなくなっていく。そんな毎日を送っているときに、ふとこんな「当たり前すぎる」言葉に触れると、心がほどけていくような気持ちになります。

 

でも、好きなことを求めていきさえすればしあわせかというと、そうでもない。

若かりし頃の玉置自身も、傍から見ると、歌が上手いとチヤホヤされ、とっかえひっかえ女性を替えるわがままな男と誤解されていたかもしれませんが、実はそんな自分を玉置自身が誰よりも責めていた時期があったように思います。自分の道をまい進してきた分、周りとの距離感が分からなくなったのかもしれません。特に90年代前半の彼を見ていると、なんだか痛々しくなるほど周りを気にしてナイーブになっているときがありましたし。

 

どんなにやりきれなくなっても、自分で選んだことだから、一切のいいわけができない。それでも

「しあわせだって言って笑っていなさい」

と、いうのがこの歌のメッセージと考えます。

これは、「苦しくても自己責任なんだから無理して笑っていろ」という高圧的なポジティブキャンペーンとは違いますね。歌詞にあるように「空を見上げて優しかったころのことを思って」いれば、今の苦しみも大きなしあわせの一部と思えるようになる。そんな思いにさせてくれるような懐の深い愛情が込められた言葉なんだと思います。

 

そしてこの曲の後半部分。

もしも君のランプがなけりゃ 闇に迷う人がいるよ

前半部分が、我が子に語り掛ける親のメッセージのような歌詞なので、この部分以降はその子が旅立っていくことを惜しむ親の心情のように読めます。今の円熟した玉置の声で聴くと尚更そう解釈できますね。

しかし、この曲のオリジナルが出た時代は、まだ玉置が若かったせいか、このセリフが好きだった人にむけられた言葉のようにもとれます。情感がこもっているがどこか切なく、年長者のメッセージというほど上から諭すような達観は感じられない。

むしろ、必死に背伸びをして親のような心境で「去っていく人」を見守っていこうとする、ちょっと不器用な男のラブソングにも思えてくるんです。

会いたくてたまんなかったら さみしいよって言って戻ってきなさい

なんて言ったりしてね。

 

玉置は2004年の音楽番組で、しあわせのランプのことを「(1997年時点では、自分より)曲の方が大人」であると評していますが、おそらく上記のようなことを言っているのかもしれませんね。つまり、若いときにこの曲を歌うと「恋愛の歌」になってしまうので、ある程度年齢がいってから歌った方がしっくりくるということなんでしょう。

 

しかし僕は、まだいい意味で「落ち着いていない」玉置の歌うしあわせのランプがたまらなく好きなんです。情熱と円熟の間を揺れ動くちょっとナイーブな感情に共感したからこそ、まだ高校生だった僕もこの歌を聴いて感動したんだと思います。

今の玉置の歌唱でシングルカットして単体で聴いても勿論いいけど、当時の僕があそこまで感動したかどうかは分かりません。あるいは高校生にとっては「大人の曲」になりすぎちゃうかもしれません。

 

このように、しあわせのランプは、いろいろな愛の形を想像しながら複数の意味で感動できる珠玉の名曲なんです。おそらく僕がもっと年を取ったら、また違う意味で感動するんでしょう。

 

ちなみに今の僕は、まだこの曲をラブソングとして聞いています(高校時代から成長していないのだろうかw)。シングルの形で単体で聴いてもいいけど、やはり僕にとってしあわせのランプはアルバム「JANKLAND」のエンディングテーマなんです。

 

このアルバムはコミカルで明るい歌が沢山入っています。

そんなやんちゃをした後で、最後にホロリとこの曲が流れるから感動するんです。

しあわせのランプだけ切り取って聴いても、玉置ファンがなぜこれほど絶賛するのかわかりにくいかもしれません。

 

その意味では、この曲はJANK LANDの中で聴くか、あるいはライブの中で聴いた方が、その良さが映えるかもしれませんね。

 

以上、しあわせのランプに関する雑感でした。

玉置浩二に興味がある方は、一聴してみる価値のある曲だと思います。

 

 それでは、また。