こくごな生活

国語や法律のソフトな考察を中心とした日常雑記録

イケダハヤト著「年収150万で僕らは自由に生きていく」から好きなことで生きていくことについて考える

こんにちは。

 

今回はこんな本を読んでみました。

 

年収150万円で僕らは自由に生きていく (星海社新書)

年収150万円で僕らは自由に生きていく (星海社新書)

 

年収150万円で僕らは自由に生きていく(著:イケダハヤト) 

初版からもう7年が経つんですね。今となってはだいぶ古いけど、「イケダハヤト」という人間のベースとなる考えを知ることができます。

 

情弱な僕はイケダハヤトという人間を知ったのがごく最近なんです。

僕の場合、自分の狭い世界に閉じこもって法律学やら教育産業やらに携わっていたものですから、遺憾ながら頭が固い。そのせいか、こういうSNS系で活躍している人達を何となく警戒していた節があります。

 

しかし自身がブログを書くようになって、妙にブロガーという人種が身近に感じられるようになりました。こんなショボいブログしか書いていない僕は、さすがにSNSで飯を食うなんてことはできないけれど、これも何かの縁だと思い、イケダハヤトさんの書いたものをチョロチョロ読むようになったんです。

 

そんな経緯で手に取った本が、上記の本というわけ。

7年前の本ですが、芯となる考え方は今でも支持する人が多いのではないでしょうか。いわば現代人の考えの「はしり」を記したものといえるかもしれません。

 

この本の内容をザックリまとめると

・これからはお金のために組織の中で我慢して働く時代ではない

・組織に守られない分、相対的に個人は貧乏がデフォルトになる

・自分のコンテンツを生かし個を強くしていかなくては生き残れない

・しかし得意分野を生かしてSNSを通じてみんなとつながって生きていけば、自由で充実した人生になるはず

みたいな感じでしょうか。我ながら要約が下手ですけどw

 

まず結論からいうと、いいことを言ってる本だと思いますよ

現実社会の閉塞感を打ち破ってくれるような感覚がして、読んでいるとワクワクした気持ちになります。実際、今の僕も強い組織に守られているわけではないし、社会的ステータスもどん底に低いんですが、そういう人間の指針となるライフ・モデルとして一つの理想を見た気がしました。

 

ただ、(どの本でもそうですけど)受け取り方が問題ですね。

この本から組織に安住することなく自分の力で生きていくためのエネルギーをもらう分にはいいです。しかし自由とラクを履き違えて、形式的にイケハヤさんの真似をすれば、悲惨な目に遭うでしょう。「好きなこと」を甘く捉えていた僕みたいにね

 

低所得でも好きなことで細々暮らしていけば、ずっと自由でしあわせかというと、おそらく違います。生涯単位で考えた場合、好きなことで継続的に収入を得るのは、凡人にとって低所得であっても大変です。バイト等とはそこが決定的に違う。

このような仕事で食っていくには、努力を努力とも思わないような「ハマり方」をしないと難しいでしょう。そういうハマり方ができる人は、やはり一部だけだと思います。言い換えると、「自分は低所得でもいい」と仕事をセーブできるというのは、収入を自分でコントロールできるだけの強い人間、つまり需要のあるコンテンツを備えた人間だけなんです。そういうコンテンツを持たない、あるいは持てるようになろうと常に自己鍛錬することを前向きにとらえられない人にとっては、イケハヤさんの生き方はとてもキツく感じると思いますよ。

 

また、仮に好きなことで仕事ができるようになったとしても、ずっとそのことに幸せを感じられるかどうかはその人次第です。成功すればおそらくたくさんの人が集まってきます。いろいろしがらみやらトラブルやら起こってきそうですね。なんだか組織にいるのと変わらなくなってきます。

また、人が集まってくると大きな仕事をしたいと思うようになるかもしれません。そうなると銀行などから融資を受ける必要が出てくる可能性が出てきます。そうなると社会的信用が必要で、やっぱり社会人としての実績がほしくなります

・・だんだん会社人間とどっちがいいのかわからなくなってくるのは僕だけかな?

 

 

つまり低所得で身軽な生き方を長期間維持することは、実は結構難しい

それでもイケハヤさんみたいな人は、「自分は好きなことをやっているから幸せだ」と公言しているんです。この「しあわせ」の意味を甘く捉えてはダメ。

バイトしながら好きなことを勉強している学生生活の延長でイケハヤさんの生活にあこがれるとおそらく勘違いをするでしょう。若いときはそれでよくても、だんだん「自由な分、自分が何をしてきたのか?」という厳しい問いに答えなくてはならなくなる時が来ますよ。今の僕みたいにね(2回目)。

 

好きなことをで生きていくというのは、会社人間と真逆のようにとらえられがちですけど、そうでもないと思ってます。そもそも会社というのは、創業者が好きなことをやるために興すツールですからね。本田宗一郎の本を読めばよく分かります。

 

やりたいことをやれ

やりたいことをやれ

 

 

会社にいる人間でも創業者の思いをくみとり主体的な生き方をしている人は、思考停止なんてせずに常に自分を磨いています。一方、好きなことをやっているフリーランスでも、自己実現のためには会社が有益なツールだと思っているから、会社人の活動にも敬意を示す人が多いです。

堀江貴文と田畑信太郎の対談を見ていると、そんなふうに思います。

田畑さんは「サラリーマンにも自由はある」といい、堀江さんは逆に「サラリーマンの方に歩み寄っている気がする」といっているのが印象的

両名くらいのレベルになると、組織人でも個人業者でも到達点は繋がってるんだな、と感じますよ。

 

newspicks.com

 

 

・・と、ちょっと話のスケールを大きくしすぎましたね。

要は、会社人であってもフリーであっても惰性で生きると痛い目にあるという点では変わらないということ。その逆も然り

その意味で今回の本は、サラリーマンかフリーかという形式的な対立軸で見るのではなく、あくまで自分の生き方・考え方を実質的に見つめ直すためのきっかけとして捉えた方が「穏当」な読み方ではないでしょうか。

 

それでは、また。