こくごな生活

国語や法律のソフトな考察を中心とした日常雑記録

甘い香りの苦~い制度「ベーシックインカム」について貧乏教育関連業者が考えてみた

こんにちは。

 

今回は、最近読んだ本のテーマについてつらつら書いてみます。

 

ベーシック・インカム入門」(著者:山森亮 

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

 

 

僕は決して安定したレールの上を歩けている人生ではありません。

失業も経験しているし、今だってしょぼい教育支援業に携わっているだけで、経済的基盤は極めて不安定です。そもそも僕のやっているような塾講師や学参編集は、自らのコンテンツを売っているという意味では、ブロガーなどのフリーランスに近いのかもしれません。

 

そんな脆弱な自分の経済基盤が崩壊したときどうなるのか・・いやでも意識することがあるんですよ。こんな本を手に取ったのもそんな気持ちの表れかもしれません。

 

さて、この「ベーシック・インカム入門」という本ですが、タイトル通り同制度の入門的理解をするにはなかなかいい本でした。

著者が経済学者であるせいかベーシックインカムについて歴史的な経緯や同制度の趣旨、及びこれからの展望について比較的ドライかつ体系的に解説しています。えてしてこういうテーマは弱者視点の一方的な感情論的な本も多いのですが、そういった論調に嫌悪感を持つ人でも比較的読みやすい本ではないでしょうか。

 

ただ、この本を読み終えてベーシックインカムについて思いを巡らせたとき、果たしてこんな制度が完成した世の中が幸福なのかと複雑な心境になってしまいました。

 

ベーシックインカムの基本理念の一つは弱者・貧民の救済です。

ベーシック・インカム入門」もどちらかというとそのスタンスで書かれています。そもそも同制度は、働きたくても働けない黒人や女性などの社会的弱者が、人間らしい生活を送るために提唱された、という歴史的沿革が紹介されてますからね。

 

どんな人にも無条件で最低ラインの給付を保証するという考え自体、僕は悪くないと思っているんですよ。貧困による社会の荒廃を防ぐことに一定の効果はあるだろうし、現在起きている生活保護に関するトラブルもなくなるでしょう。

 

しかし貧民である僕であっても、現時点でこの制度を導入することにはかなり違和感があります。これは財源の問題とか「働かざるもの食うべからず」という感情の問題ではありません。現在のベーシックインカム論は、超格差社会を前提にした考えであることに不安を感じているからです

 

実際、現在ベーシックインカムに賛成しているのは、経済的弱者やそれを救済しようとする人たちだけではなく、我が道を行くような経済的・社会的強者(ホリエモンとか古市憲寿司とか)だったりします。

 

彼らの主張をザックリ乱暴にまとめると以下のようなもの

・これからは凡庸な労働力はAIにとってかわられる

・したがってそんな労働しかできない人が働かなくなったとしても社会は困らない

・仕事はAIができないようなことを「創造」する高度かつ趣味的なものになる

・つまり仕事は「食うために」やるものではなくなるのだから働きたくない者はベーシックインカムで生活すればいい

・嫌々仕事をする者がいなくなって好きなことに打ち込める幸福な社会のできあがり

 

こう考えるとどうでしょう?ベーシックインカムって、格差社会の是正どころか「超格差社会」の象徴ともとれないでしょうか?

彼らのいう社会も一つの理想ではありますが、僕なんかは「死なない程度に食わせてやるから本当にやる気のある奴以外は市場社会から出ていけ」といわれているような気がします。間違いではないかもしれないけどかなり冷徹。

 

もちろん今までの「働かざるもの食うべからず」という声も、働きたくても働けない人にとっては残酷な言葉ですけど、一方で「じゃあ働く環境を整えてくれよ」という反論をする余地があります。誰もが市場社会に参加することを前提として、参加すればみんなが収入を得てささやかな充実感を持てるという意味では、今まで「凡人に優しい」社会だったんですよね。

 

ところがAI社会になって、確実にそんな「型」が壊れてきています。

いわゆる「できない奴」はAIにとって代わられるでしょう。「これからの仕事は本当に好きな気持ちをもってハマる人がやるものだから」という理由で市場社会から追い出されます。じゃあこういう人たちがベーシックインカムで気楽に暮らせるかというとおそらくそんなことはない。自分は社会参画できていないという自責の念や、依然続くであろう「働かざるもの食うべからず」という批判に苦しまなくてはならない。

 

こう考えると、ベーシックインカムという制度は、よっぽど社会が成熟していないと今よりも残酷な制度になってしまう気がするんです。市場価値のない人間を追い出す機会を増やすなら、その分「自分で収入を作らない奴はダメなやつだ」という考えも減らしていかないとバランスが悪いはずですが、実現するのは難しい。

 

僕みたいな教育業をやっていると、「一定の努力をしていれば誰でもそれなりに生きていける」ある意味平凡な社会を良しと考えてしまうのかもしれません。そうすれば「一生懸命勉強すればいい人生が待っているから」と言いやすいから。

 

しかし現在のベーシック・インカム論はそれとは真逆の方向性です。

貧民救済の一環として興味を持って手に取ったベーシック・インカムの本を読んだせいで、かえって市場原理主義的な厳しい現実を突きつけられた気がするというのは、皮肉なもんですね。

 

それでは、また。