こくごな生活

国語や法律のソフトな考察を中心とした日常雑記録

受験勉強などでネガティヴになりそうなとき「悪いことはピンポイントで考えてみる」

こんにちは。

 

最近ブログのPVが落ちて気分が低調ぎみです。

そんなネガティブな気分になったとき、皆さんどうしていますか?

 

ブログのPV などは些細な問題ですが、たとえば受験勉強などで気持ちがネガティブになると、モチベーションが保てなくなる危険がありますので何とか解消したいところです。

 

今回はこの点について、僕が司法試験受験時代に教わったマインド整理の方法について記していきます。

 

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勉強に限らないことですが、物事がうまくいかないときに「自分って、なんでこんなにできないんだろう」と思うことがあるはず。

 

当時の僕はネガティヴ思考を大爆発させていたので、毎日そう考えていました。できない自分をイメージしているとどんどん思考も行動も鈍くなっていくので、ますますできなくなっていきます。まさに悪循環。

 

そんなとき当時指導してくれた弁護士の先生が教えてくださったのが、タイトルの言葉です。この言葉は10年近くたった今でも、心のどこかで意識している言葉なので、僕の中では「刺さった」言葉だったのかもしれません。

 

この言葉は、悪い意味で学校秀才的な考えをしてしまう人に有益です。

悪い意味の学校秀才は、自分の中の欠点とうまく付きあえない傾向にあります。欠点を覆い隠して虚勢を張ったり、はたまた拡大解釈して萎縮したり・・。今回の場合は後者のはなしですね。

 

たとえば僕は、受験時代によくケアレスミスをして悪い点数を取っていました。

するとネガテゥブな僕はこう考えるんですね。

「またケアレスミスをした」

「そういえばオレ、昔からケアレスミスばっかりやってるな」

「自分みたいに注意力散漫な奴はロクな人間にならない」

「ひょっとして発達性障害ってやつかも・・そんな奴が努力しても無駄なんじゃ・・」

こんなふうに文字にして書いてみるとアホみたいな被害妄想ですが、自分の頭の中ではこんな思考が確かに存在したんです。

 

自分の失敗を掘り下げて考えるというのは、同じミスをしないためにはある意味で大事なことなんですが、ネガティブは人はその掘り下げ方がよろしくない。建設的な意味で「掘り下げ」ているのではなく、抽象的に失敗経験を「広げ散らかして」、自分を貶めてしまうんですね。

 

たとえばこんな例を見てみましょう。

第1問目の簡単な計算問題を間違えた

  ↓

自分はケアレスミスをする注意力散漫な奴だ。どうしよう・・。

 

 この場合、事実は「第1問目の計算問題を間違えた」です。しかし失敗した人は、この失敗をケアレスミスをした、と一般化しています。そこでケアレスミスを直そうと考えるけれど、なかなかうまくいかない。そしてまた同じミスを繰り返す。

こうしているうちに自分のことをいつしか注意力散漫とおもうようになり、さらに自分を「できない人間」へと貶めていくのです。

 

なぜこんなことになるのかというと、悪いこと(この場合は計算間違い)を抽象化・一般化しているからなんです。悪いことは具体的にピンポイントで考えた方がネガティブな思考が暴走しづらくなります

 

たとえば計算ミスであれば、「この問題のこの部分を間違えた」とピンポイントで考える。それ以外のことは決して抽象的に掘り下げないというわけ。

 

ピンポイントで考えれば、解決法が見えやすいんですよ。計算間違いでいうならば、

・計算用紙の書き方が雑で数字を見間違えたから直そう

・焦ったせいで間違えたから、時間配分のトレーニングをしよう

などと対処法が具体的に考えられます。具体的に考えて一定の結論を導いたらそこでその話を終わりにできます。

 

ところが「ケアレスミスをした」みたいに失敗をぼんやり考えていると、考える対象が広がりすぎて、ネガティブな人間はどんどん深みにはまってしまいかねません。こんなことは何の効果もない消耗思考です。

 

これを聞いて、僕は「なるほどな~」と思いましたね。

計算間違いの例に限らず、似たようなネガティブ思考は、僕自身、日ごろ結構やらかしている気がします。

 

そもそも失敗で立ち止まっているなんて暇な証拠だとお叱りを受けるかもしれません。しかしそれでも僕みたいに頭からネガティブな考えが抜けない人がいるのもまた事実。そんな人は、失敗を抽象的に広げないという考えが一つの処方箋になるかもしれません。

 

さあ、PV激減に負けずに、読んでもらえるような記事を「具体的に」考えてみますか。

それでは。また。