こくごな生活

国語講師だったひとのつぶやき集

ペットを傷つける行為を器物損壊罪ということに抵抗があるが 動物傷害罪もしっくりこない ~法律用語の国語的考察~

こんにちは。

 

今回は法律学のことばについて書いてみます。

 

法律学のことばははっきり言って取っつきにくいです。いまでこそ(これでも)平易な言葉になってきましたが、専門用語がなくなることはありません。これは専門用語でなければ表せない概念があるからなんですね。

 

勝間和代さんは、知識や固有名詞の塊を上位概念でくくったものを「概念のボキャブラリー」と表現し、その言葉で日ごろから思考していると、かえって日常語よりも使いやすくなるという趣旨のことを著書で述べています。

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 法律学を学んだ僕は、これに近い感覚を味わうことがあります。

専門用語を使う人間は、決して知識をひけらかしたいからではなく、その言葉が「しっくりくるから」自然とそのような話し方になるということなんでしょう。

しかし一般人とはその感覚がなかなか共有できません。今回はその例としてペットを傷つける行為の罪名について考えてみましょう。

 

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1 日常感覚を重視すると「器物損壊罪」より「動物傷害罪」

まずペットを傷つける行為は、刑法でいうと器物損壊罪に該当します。

 (器物損壊等)

第261条
前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

 

この罪名に抵抗ある人は多いですね。弁護士ドットコムでもこの表現に反感を持つ人からの批判的なトピがたつことがあるようです。

www.bengo4.com

 

この種の主張をする人の気持ちはよくわかります。大切な家族であるペットを「物」扱いして、しかも命を奪う行為を「損壊」といっているわけですから。日常生活においては、こんな言語感覚に違和感を感じない人の方がむしろ心配かもしれません。

 そんな日常感覚を重視して、最近ではペットを傷つける行為を動物傷害罪と呼ぶことも多くなってきました。

 

しかし現行法において動物傷害罪というのは正式な罪名ではなく、検察が動物の殺害行為について起訴状を作成するときには、いまだに器物損壊罪という表現にしています。

 

なぜ動物傷害罪という言葉がなかなか定着しないのか?

ペットを愛する方々には申し訳ありませんが、法律学としてみてみると実は器物損壊罪という罪名の方が「しっくりくる」からではないかと個人的には推測しています。

 

それはどういうことなのか?改めて器物損壊罪の構造を見てみましょう。

 

2 「物」や「損壊」という言葉の捉え方

 

 器物損壊罪の条文を再掲。ポイントとなる部分は太字にしています。

(器物損壊等)

第261条
前3条に規定するもののほか、他人の損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

 

まず器物損壊罪の客体は「物」です。

そして「物」とは権利の客体になるもの。所有権などで支配・管理することができるものを「物」というわけです。

 

そして「損壊」とは、一般に物の効用を喪失させる一切の行為と解釈されています。

ややこしい言い方ですが、ざっくりいうとその物を使えない状態にする行為全般をさすということです。他人のパソコンを壊すなど物理的な破壊はもちろん、飼育しているインコをかごから逃がすという行為も「損壊」にあたります。

 

器物損壊がなぜいけない行為なのかというと、他人の権利の対象となるものを台無しにしたからなのです。人の権利の対象にならないものは器物損壊罪で保護できません。つまりここでは、刑法261条で保護する範囲の限界を表す概念として「物」という言葉を使っているんです。

そしてそんな権利を台無しにする行為は、なにも物理的な破壊だけでなく、前述したようなインコをかごから逃がすという行為も含まれます。このように、単なる破壊行為よりも広い概念を表すために「損壊」という言葉を使っているわけですね。

 

これに対して、一般生活だと両者の捉え方はだいぶ違います。

まず「物」というと、「モノ扱い」といわれるように無機質な物体、愛情の対象にならないもの、みたいなイメージが付きまとうでしょう。また、「損壊」ということばも、物理的な破壊を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

 

このように法律学の専門用語と日常生活の言葉とでは、概念のくくり方が違うので、これをごっちゃに捉えると誤解が生じます。法律家だってペットを可愛がる人は大勢いますし、決して動物を「モノ扱い」しているわけではありません。

 

3 動物傷害罪という言葉の「使いづらさ」

もちろん法律は一般国民に対するメッセージなんだから、一般人に分かる表現にするべきだという意見も一理あります。

 ところが動物傷害罪という言葉は、上述の器物損壊罪に関する法律学上の整理からするとえらく使いづらい。

 

例えば、先ほどのインコをかごから逃がすという行為について考えてみましょう。

インコは「動物」にあたりますので、罪名も動物傷害罪と言わざるを得ない。しかし、かごから逃がす行為を「傷害」って、どうでしょう?考えようによっては、動物を傷つける行為を「損壊」というより不自然な感じがしませんかね。

つまり物に対する所有権なり支配権を保護するための条文に、なまじ「動物の命」という概念を抱きこむと、従来の思考整理がうまくいかなくなることがあるんです。

 

4 とりあえず法律用語は「日常語とは違うもの」と自覚する

このように法律用語は単に格好つけるために難しい言葉になっているのではなく、日常用語とは違うくくりを表す便宜的道具となっているわけです。

もちろんだからといって「すべての法律用語はこのままでいい」ということにはならないです。しかし上記のような考えを持っておけば、「法律は一般人の感覚と違う」と、法律用語に徒な反感を持つことが少なくなるのではないでしょうか。

 

 

ペットを傷つける行為については、動物傷害罪で通すべきだという意見もひとつですが、「法律用語なんて所詮法律概念の整理のために使う道具なんだから、日常用語との違いに神経質になることはない」と考えることも可能です。

 

つまり

・器物損壊罪はペットを人の財産としての側面でみているから、「物」という表現でもある意味仕方がない

・動物の命を保護するという趣旨ならば、別途、動物愛護法で対処すればよい

と、あくまで条文の役割分担の問題だ、と捉えるのです。

 

法律学の考えでいうと、後者のようなドライな考えの方が思考整理がしやすいです。

法律をかじっていた僕もこれに近い考えなのですね。

 

確かに、法律は専門家の道具であるだけでなく、一般人に対する行為規範なので、そこで使われる表現はわかりやすくなくてはいけません。しかし法律の表現に対するストレスを減らす意味で、一般人の側も「法律用語は日常語とは違う」という割り切りが一定限度必要なのだと思います。

 

それでは、また。