こくごな生活

国語講師だったひとのつぶやき集

みんながネットで勉強するようになって塾の講師が食えなくなる時代

こんにちは。

 

先日、ネット授業で有名なスタディサプリの授業を見てきました。

studysapuri.jp

僕は中学3年生や高校3年生の国語あたりの授業が気になるので、そのあたりの講義を視聴してみたんですが、やはり名のある講師陣なだけに、聴き心地のいい明快な講義でした。

しかも普通の塾の講義と違って、録画編集なら事前に講義の語りを綿密に練ることができますからね。その意味でも下手な塾の講義よりも質を確保できていると思います。

 

こんな有名講師の授業が月額980円で受けられる時代、普通の塾講師はどうなるんでしょうか?今回はその辺のところを書きたいと思います。

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1 ネットの世界は確実に教育界を席巻する

こういうことを書くと、

「ネットなんかで子供の教育はできない。子供の指導は生身の人間同士のふれあいでこそ生まれるものだ」

という意見が必ずあると思います。

 

僕も塾講師の経験がありますので、その気持ちは分かるんですが、おそらくその考えだけでは今後やっていけなくなるでしょう。こういう考えはネットを世界の可能性を過小評価し現状維持に甘んじる「いいわけ」となる危険があります。僕自身、ネットの世界には疎いので、特にそうなる危険がありますね。

 

ネットの世界の可能性とは何か?例えば通販サイトを考えてください。

今でこそアマゾンなどで買い物をするのが当たり前の時代ですが、ネット通販の黎明期には、ネットで物を買うなんて滅多になかったんですよ。当時、「売り手の顔や商品の現物が分からない取引に大切なカネを払えない」なんて思っていた人いませんでしたか?

つまり「ネットなんて信用できない」という価値観は、いったん一つのビジネスが普及して定着すれば一気に吹き飛んでいくんです。

 

幸い(?)教育に関しては商取引と異なりアナログな価値が重視されやすい分野ですから、アマゾンのようにはなりにくいですけど、少なくともネットの世界を軽視しすぎるのは危険だと思いますよ。

 

2 一番危険なのは「中途半端な受験屋」

これからの教育支援業は、大きく2つに分かれると思います。いや、既に分かれていますね。

① 受験指導を中心にして子供に理解の喜び・達成感を体験させる

② 生活指導を含めた子供の人格形成、すなわち「教育」を重視する

従来、塾の講師は①の役割をすることが中心でした。しかし、核家族化や共働きの負担などで、子供の「しつけ」が難しくなっている現在、教育支援業でも②の需要が強くなっています。特に低年齢を対象にした塾はこの傾向が強く、「学力向上は生活態度から」というアプローチで授業が行われるのが一般です。

②のような分野は、「しつけ」など子供に積極的に働きかける教育活動が必要になりますから、ネットに変われることは少ないでしょうね。

 

問題は①の分野です。

たしかに受験指導は技術的な話だから、それこそネットで代替できそうです。実際僕も凡庸な受験指導屋はこれからどんどん「食えなくなる」と思います。

 

3 これからの可能性

しかしいわゆる受験指導のための講義が完全に廃れるかというと、そんなことはないと思いますね。つまり、講義には媒体を介した情報では得られないものが確かに存在するんです。

 

CDを例に挙げてみましょう。

もはやCDは典型的な斜陽産業です。しかしライブの需要は伸びていますね。

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(「コンサート年間売上額」一般社団法人 コンサートプロモーターズ協会調べ)

 

これは受験指導の講義でも部分的に当てはまる考えです。

例えば有名講師の執筆した参考書なり動画をみて、実際にこの人のライブ講義を体験したいと思うことは十分考えられます。カリスマ性のある人間によるライブの高揚感というのは受験業界でも求められているものなんです。

もちろん本来の学問の本質論からすると、そんな傾向はいかにも軽薄でしょうが、受験制度がある以上、この傾向は今後も続いていくと思います。

 

それではそんなカリスマ性のない普通の講師はどうすればいいでしょう?

これはもう、地道に個人的な信頼を積み上げていくしかないと思っています。音楽の例でいうなら、路上で弾き語りをやって聞き手を1人、2人と増やしていくしかありません。少なくともこれからは「自分は受験テクニックを知っています」というだけでは人は集まらないですよ。

 

ものを教えるというのは不思議なもので、同じ事柄でも説明する人間によって納得させるパワーが違います。これは教え方の技術論だけでなく、その人に対する信頼によるところが大きいです。「『この人』がいうからすんなり納得できる」ということですね。

物事を感覚的にとらえる傾向の強い子供なら尚更そうだと思います。

 

ブログも同じでしょう。同じ話題でも、「『この人』の言葉で知りたい」という感覚があるはずです。これからの塾講師も、そんなふうに思ってもらえる信頼づくりがこれまで以上に必要になるはずです。

 

大衆を動かすカリスマか?

ミニマムな単位のニッチな信頼づくりか?

 

そんな二極化を迫られる。ネットの台頭によって、良くも悪くも「中庸」という名の中途半端が許されなくなっているんですね。これはどの業界も同じでしょうけど。